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    ダルマダースの『インド講座』

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    ガンディー受難会(1)

    2015 - 02/11 [Wed] - 20:58

    デリー滞在中、1月30日午前中は、マハトマ・ガンディーが荼毘に付された「ラージガート」で、諸宗教合同の祈念行事とインド国防省主催の殉職者鎮魂行事がありました。

    インド陸海空三軍の長、国防省事務次官、国防大臣、首相、副大統領、大統領が一堂に臨席される重要な行事で、最初に、各宗教代表の祈りの時間があり、その後、ガンディーが好きだったバジャン「Vaishnav Jan To」「Ram Dhun」が繰り返し演奏される中、インド政府要人が次々と入場して、ガンディーの御荼毘所にバラの花びらを捧げていきます。
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    諸宗教合同の祈りは、日本山妙法寺僧侶(王舍城の小此木上人さま)発声(はっとん)による唱題で始まります。20数年前、初めてこの場に参列した時にはとても驚きました。インドの国家行事の始まりが、日本仏教の撃鼓唱題で始まるとは、と。これは、マハトマ・ガンディーが独立運動を展開していた時、日本山妙法寺御山主藤井日達猊下が会見され、お題目をお伝えした時、ガンディーが自分の祈りの時間の一番最初に、撃鼓唱題することを採用されたのに由来しています。以前は唱題の後、2分間の黙とうの時間がありましたが、今は省略されています。

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    インド政府要人に先立って、野党国民会議派のソニア・ガンディさんや前首相マンモハンシンさんも祈りを捧げに来られていました。

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    国防省が主催するのは、非暴力を唱えてインドを独立に導いたにもかかわらず、暗殺によって非業の死を遂げた国父マハトマ・ガンディ―に対する、インド共和国としての「懺悔」の気持ちの表現だと、思います。「非暴力」とは、自分が暴力を使わないだけでなく、暴力を受けても暴力で返さない、恨み返ししない、という「マハ・プルーシュ(偉大な人間)」「マハトマ(偉大な魂)」の戒律です。

    ガンディーが最後に口に出した言葉「へー・ラーム」には、「ラーム・ラージ(賢帝統治)」による理想国家としての「偉大なるインド」の実現を、後の世代に託そうという意味があったと思います。その「偉大なるインドの理想」が実現するまでの間、暴力装置としての軍隊の存在を認めてもらうことを、国父ガンディーに奏上するのが、今日の「ガンディー受難会」の国家行事の意味なのではないかと、思いました。

    暴力装置としての軍隊と、非暴力の象徴である宗教者と、インドを統治する当事者たちとが、一堂に会するこの不思議な行事。司会者なく、演説なく、祝日に非ず、新聞記事にもほとんどならない、極めて内々の国家行事です。インドに興味を持たれる方、ぜひ一度参加されますことを、お勧めします。

    毎年この日の夕方は、ガンディーが暗殺された場所、ニューデリー中心街にある「ビルラ・ハウス」で鎮魂の祈念音楽会が催されます。

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    諸宗教の代表者の祈りは、午前中と同じく日本山妙法寺(小此木上人)の撃鼓唱題から始まり、シク教のバジャンまで1時間くらい続きました。その後は午前中の行事とは違って、たくさんの子供たちが招かれて合唱します。子供たちの歌声に続いて、毎年一組、高名なインド古典音楽の歌手が招かれ、ガンディーが朝晩の勤行に詠唱していた歌詞を基にした楽曲を演奏します。

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    今年は、マハラシュトラ州からバジャン歌手の、スレーシュ・ワドカールさんがいらっしゃり、美しくも力強い声を披露してくださいました。

    参加されたモディ首相は、式典が終わって退席される時、子供たちの中に入り親しくされました。目の見えない子供たちが招かれていましたが、その子供たちの手を取ったり、サインに応じたり、黒山の人の中でもビクともせずに、静かに、参加したたくさんの人々と共に時間を過されました。セキュリティーの人は実に冷や冷やものだった事と思います。

    先立つ午前中の行事でも、モディ首相は、ベンガル人のボリウッド歌手バブル・スプリヨさんを自ら連れてきて、大統領が着席した後、タゴールソング「Dhai Janmo Tomara Bharo Bhasha」を歌わせたりしました。今までの慣例を換えようという強い意気込みを感じました。

    スプリヨさんにタゴールソングを歌わせたのは、ムカルジー・インド大統領がベンガル人であることと、おそらく、今後、この祈りの行事に、タゴールソングも加えてほしいという意図があるのではないかと思いました。

    ガンディーと言いますと、国民会議派(コングレス)です。BJP(インド人民党)とは対立する関係、という先入観を換えたいという気持がモディ首相には強くあるように感じます。「スワッチ・バーラト」という、モディ首相自ら箒を持って始めた「インドを大掃除する国民運動」は、2019年のガンディ生誕150年祭を目標にしていますし、そのロゴはガンディの眼鏡を使っています。
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    なにかしら新味を持たせ、サプライズがあるモディ首相の戦略が印象的だった、今年の「ガンディ受難会」でした。
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