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    ダルマダースの『インド講座』

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    イスラム教ベンガル人との対論(1)

    2015 - 01/16 [Fri] - 20:25

    クシュティアからラッシャヒに行くバスを待っている間に、どんどん乗客がやって来て、待合室は荷物を抱えた人で一杯になりました。

    そんな中の、丈の長いクルタを着、白いレースの帽子をかぶり、顎髭をもじゃもじゃ伸ばした典型的イスラム教徒の身なりをしたおじさんが、私の隣にどっかと座りました。そして、おもむろにスマートフォンを出し、中国の上海の高層ビルの写真を私に見せました。

    「ああ、上海ですか、私は日本人です。」

    「おー、ジャパニーズ。子供は何人いるのかね。」

    xb-P1030752a.jpg

    バングラデシュ3日目ですが、すでに何度も、結婚しているのか、家族はどこにいる、子供は何人、なぜ結婚しない、将来どうするんだ、何で稼いでいるんだと、やみくもな質問を受けておりました。初対面にもかかわらず、なぜこうプライバシーにぐさっと一気に入り込もうとするのか、しかも、このパターン化された質問を、別々のバングラデシュ人が同じようになぜするのか、この会話現象は、私のバングラデシュでの興味深い観察対象となりました。それに対する私の意見は、別の記事で述べることにいたしましょう。

    そのイスラムおじさんの執拗な質問に返事をしないままなんとかかわすと「おー、ションニャーシー(出家遊行者)、フォキール(世捨て人)ですか。」「だから、あなたの首に数珠がかかっているんですね。」とうなずきます。周囲の人も「それをちゃんと見ないと」という声が。

    そして、そのおじさんはおもむろに「カルマ karma」と言いました。

    私はちょっとびっくり。イスラム教徒の口から「カルマ(業)」という単語が飛び出すとは。

    「カルマを知っているか」と再び質問。

    しかし、ここで混乱。ベンガル語は a の短母音はちょっと音がこもって o に近い音になって「コルモ」となるはず。何度聞き直しても「カルマ」と明るい a の発音。

    何度も聞き直すので、近くの人が「この人には、そんな難しいこと分からないよ」と言っているのが聞こえました。

    そこで「ゴト・ジボネール・パリナーモ」と答えました。「過去世(過去の業)の結果」という意味です。

    待合室はシーンとなりました。そしてかなり遠くの出入り口にいた人が「ティーキ、ボレチェン、アプニ(正しいことを言っているね、あなたは)」と声を出しました。隣りのイスラムおじさんが「それで、過去世が分かるのですか、あなたは」と乗込んで来ますので、「いや、それは」と曖昧な返事。「電話番号教えてくれ、じっくり話したいことがあるんだ」とさらに迫って来た時に、有難いことに、バスが来ました。

    バスの中でも、イスラムおじさんは、私の隣りの人に席を交代してもらい、なんだか、言いたくてしょうがないことがあるような。

    しかし、私はまだこのバングラデシュ人の「人なつっこさ」を受け入れる態勢にはなかったので、黙って静かに。わざわざ前の席の人に、ラッシャヒの事を質問したり、やんわりと、イスラムおじさんを遠ざけました。

    イスラム教にしろキリスト教にしろユダヤ教にしろ、唯一の創造主を神として信仰する世界の教義に、「過去世」なんてないでしょう(過去の業の結果として現在があり、現在の結果として未来があるとすると、創造主の存在感が薄れてしまいます)。しかし興味津々のようで、しかも、たぶん自分の身の周り、家族や商売に何か問題があり、それを口に出して発散したかったのでしょう。

    「カルマ(業)」「サンサーラ(輪廻転生)」はヒンドゥ教や仏教の用語ですが、おそらく、ウルドゥ語経由でバングラデシュ・イスラム教徒の中に入ったと思われます。インド・コルカタでは、イスラム教徒は、たとえベンガル人でもウルドゥ語(ヒンディ語)を使います(ベンガル語も話せますが)。イスラム教徒が、朝、お茶を飲みながらウルドゥ語の新聞を読んでいる風景によく出会います。

    私の頭の中では、コルカタ(ベンガル)の風景として

    イスラム教徒=ウルドゥ語
    ヒンドゥ教徒=ベンガル語

    という隔絶した区別がしっかり焼き付いているので、ベンガル語でイスラム教徒が「カルマ」について質問してきたことに、とても混乱し、興味を持ちました。

    ベンガル・イスラムの聖者崇拝、神秘主義の傾向は、シーア派だけでなくスンナ派でも行われているそうなのですが、実はそれは「西方イスラム」の神秘主義とは違うもので、「ベンガル地方・ベンガル人」が古代から持っている特有の、シャクティ(性力)派的地母神信仰、精霊崇拝、先祖崇拝に由来するものだろうと、想像します。

    イスラム教徒であろうが、ヒンドゥ教徒であろうが、「ベンガル人」であるその血の中に薫習されている大地の匂い、とでも言いましょうか。それはまさに「カルマ」そのものでありますね。

    「バングラデシュ・ベンガル語・イスラム人」との対話の入口は、意外にも、「仏教を教える」ことにあるのかもしれません。

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