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    北朝鮮のサイバー攻撃

    2017 - 06/08 [Thu] - 10:36

    北朝鮮の錬金術 暴かれる実態

    サイバー攻撃で他国中央銀から巨額資金奪取 フロント企業駆使し不正な国際金融取引

    2017年6月7日
    E-Mainichi

     核兵器や弾道ミサイルの開発を加速させる北朝鮮に対し、国際社会の懸念が日々高まる。国連安全保障理事会は繰り返し制裁決議を採択し、包囲網を狭める。だが、北朝鮮はフロント企業を利用した不正な国際金融取引や、他国の金融機関を標的にしたサイバー攻撃による資金奪取など錬金術を駆使し、包囲の網をくぐり抜ける。【ワシントン会川晴之、岩佐淳士】
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    試射が行われた地対地中長距離戦略弾道ミサイル「北極星2」型=2017年2月13日、朝鮮中央通信=朝鮮通信

    制裁かいくぐり、核・ミサイル資金を調達

     「北朝鮮と見られる金融機関へのサイバー攻撃は、失敗に終わった米国向けなどを含めて世界31カ国、被害総額は1億~1億2000万ドル(約110億円~130億円)にのぼる」

     米シンクタンク戦略国際問題研究所(CSIS)のサイバー・セキュリティー専門家、ジェームズ・ルイス副所長は毎日新聞の取材にこう答えた。

     被害額が最も大きかったのは2016年2月のバングラデシュ中央銀行の8100万ドル(約89億円)。ルイス氏によると、手口は日本でもよく使われる「フィッシングメール」と呼ばれる偽メールを中銀の行員に送りつけ、それとは知らずにメールを開いた行員から、ユーザーネームや暗証番号を盗み出して銀行内のシステムに侵入。行員を装いバングラ中銀がドル資金を預けてあるニューヨーク連銀の口座からフィリピンの銀行への送金を指示して奪い取った。14年のソニー・ピクチャーズエンタテイメントなどへの攻撃と同じ手法で、北朝鮮の関与が確実視されている。

     IDカードを盗み出し、それを使って入り口を通り抜けたり、車のキーを盗み、車を持ち逃げしたりする手口と同じだ。100本のメールを送りつければ「5~20人が引っかかる」ほど成功率が高い。その上「映画に出てくるような銀行強盗と違い、身を危険にさらす必要もない。極めて簡単で安価。これを使わない手はない」と、ルイス氏は解説する。

     北朝鮮は同様の手口で、東南アジアやインド、中南米諸国の金融機関にも攻撃を仕掛け、毎回、数百万ドル(数億円)規模の資金を盗み出した。ルイス氏は、資金の受取人が北朝鮮が長年の間に世界中に構築したマネーロンダリング(資金洗浄)の関係者と見て「伝統的な手法にサイバー攻撃という新しい手法が重なった高度なオペレーションだ」と分析している。

     北朝鮮は、海外の租税回避地(タックスヘイブン)などに設立した多数のフロント企業を駆使して国際金融取引も続ける。安保理決議が禁じる武器や鉱物資源取引で稼いだ資金を本国に送金、核・ミサイル開発資金に充てるほか、必要物資を海外から調達する際の国際送金に利用している。

     特に、米財務省が北朝鮮の主要行を制裁し、国際金融システムから締め出された09年以後にその活動を本格化させた。米司法省によると、北朝鮮は中国企業「丹東鴻祥実業発展」(DHID)に不正取引を依頼。昨年9月に摘発されるまで、少なくとも22社を英領バージン諸島やセーシェル、香港などに設立して巧みに国際監視網をくぐり抜けていた。

     米上院外交委員会のマルコ・ルビオ上院議員らは「この事例は氷山の一角にすぎない」と指摘、ムニューシン米財務長官に、不正取引に関わった中国の主要行への調査開始など、中国への圧力強化を求めている。ティラーソン米国務長官は「中国を試している」と述べ、当面は中国の対応を見守る一方、状況が改善しない場合は中国にも制裁を科す構えも示すなど、米中間でも激しい駆け引きが続いている。

    北朝鮮ハッカーが「フィッシングメール」 狙うはドル資金

     犯行は2016年2月4日(木)の午後9時前に始まった。イスラム教国のバングラデシュは、翌日から休日。多くの中央銀行の行員が仕事を切り上げ家路についていた。その間隙(かんげき)を突き、北朝鮮のハッカーが「フィッシングメール」と呼ばれるサイバー攻撃の手法で盗み取ったパスワードで、中銀のシステムに侵入する。標的は、バングラ中銀がドル資金決済用に米ニューヨーク連銀に預けてある巨額のドル資金だ。

     バングラとの時差が11時間あるニューヨークに最初の送金指示書が届いたのは、4日午前10時前。指示通りに4件、8100万ドル(約89億円)がフィリピンの銀行に振り込まれた。4時間にわたり計35件の送金指示が届いたが、その多くは送金を経由する米銀行が「マネーロンダリング(資金洗浄)の疑いがある」と送金を拒んだため不首尾に終わる。すべてが成功していたら、被害総額は約10億ドル(約1100億円)に達していた。

     フィリピンでは翌5日(金)以後、次々と資金が引き出される。だが、バングラ中銀幹部は、この日午前に休日出勤したものの、サイバー攻撃のため送金指示を印刷するプリンターが故障していたため事件に気づかなかった。この幹部はプリンターの修理を指示して昼前に銀行を後にする。

     ようやく不正に気づいたのは8日(月)。バングラ中銀はNY連銀やフィリピンの銀行に至急電を送り、預金凍結などの措置を求めた。だがニューヨークは未明の時間帯。フィリピンも、この日は春節を祝うための休日で、いずれとも連絡が取れない。全世界250カ国・機関のドル決済口座があるNY連銀は事件後に休日でも24時間、連絡を取り合う態勢を整えるが、後の祭りだった。

     フィリピンの銀行に振り込まれた8100万ドル(約89億円)は、いったん偽名口座に振り込まれた後、仲介人を通してカジノの経営者など賭博施設関係者に振り込まれた。賭博会社を経営する中国籍実業家が約1500万ドルを返還したものの、残りの6600万ドル(約73億円)の行方は、いまだに不明だ。

     フィリピンをはじめ各国はマネーロンダリング(資金洗浄)を取り締まる法律を整備している。だが、カジノなど賭博施設はマフィアが絡むためなのか、フィリピンでは規制対象外となっている。北朝鮮は、その「穴」を巧みに突いた可能性もある。

     バングラ中銀が狙われた約3週間前、南米エクアドルでも同様の手口で900万ドルが奪い取られる事件があった。被害にあったのは地元の民間金融機関。1月14日深夜に140万ドルを香港の口座に不正送金されたのを手始めに、10日間で12回の疑わしい送金が繰り返された。いずれの送金も業務時間外で、一度も振り込まれたことがない振込先だった。

     サイバー・セキュリティーの専門家であるCSISのルイス副所長は毎日新聞の取材に「北朝鮮のサイバー攻撃技術は、過去5年間で進歩を遂げており、技術水準は比較的高い」と解説。バングラ中銀などの金融機関から多額の資金を盗み出したことについて「国家による初めての国際的金融機関に対する犯罪」と指摘した。国連安全保障理事会などによる制裁が強化されても、サイバー攻撃は「極めて制約もなく、制裁を受ける危険も少ない。北朝鮮が諦めるはずがない」と、今後も同様の攻撃を仕掛ける可能性が高いと懸念を示した。
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    租税回避地のペーパーカンパニー 監視網を容易にくぐり抜け

     「北朝鮮の銀行口座を開きたい。協力してくれないか」。米東部ニュージャージー州連邦地裁の資料によると、2011年6月、こんなメールがパナマの法律事務所に舞い込んだ。発信元は北朝鮮国境の町、中国遼寧省丹東で幅広く中朝貿易を営む「丹東鴻祥実業発展」(DHID)の総支配人(45)だった。

     だが、パナマの法律事務所は「国際的な制裁を受けている北朝鮮の企業や役員は口座を開設できない」と断った上で、こんな提案をする。「租税回避地のペーパーカンパニーならいくつでもご用意できる」。昨年、富豪や企業が資産隠しや税逃れで利用したとして世界を揺るがした「パナマ文書」に書かれた手口と同じだ。

     総支配人は2日後に返答を送り、2週間後に提示されたリストから、セーシェル、英領バージン諸島の5社を購入することを決めた。「サクセス・ターゲット・グループ」(英領バージン諸島)、「ベスト・フェイマス・トレーディング」(セーシェル)などと名付けられたこれらの企業は、転売目的に設立された企業。業界では、本棚に並ぶ本を販売することに例えて「シェルフ(本棚)企業」と呼ばれる。取得にかかった手数料は、1社につき、わずか1100ドル(約12万円)だった。

     こうしたフロント企業を駆使し、DHIDは北朝鮮との交易を拡大する。創業者である馬暁紅会長(45)は、「北朝鮮と世界を結ぶ黄金の橋」と自らの会社を位置づけ、石油や石炭など対北朝鮮貿易を幅広く手がけた。中朝貿易の2割以上を1社で手がけたと言われ、昨年9月に中国当局に摘発されるまで遼寧省の全人代代表を務めた。中朝両国の実力者に「トヨタの高級乗用車」を配るきめ細かい気配りも功を奏し、丹東一の女性富豪として名を上げていく。

     北朝鮮の金融取引を代行するビジネスに手を染めたのは09年8月に、米財務省が北朝鮮の主要銀行に制裁を科したのがきっかけだ。米ドルを使う金融取引は、必ず米国を経由する必要があり、これが禁じられた。中国人民元やユーロなどの他の通貨での取引は可能だが、面倒な手続きを嫌う相手が多いのが実情で米ドル取引は不可欠だ。当初は、DHID自体が代行業を務めていたが、国際的な監視網強化を背景に11年以後、足がつきにくいフロント企業の設立を進めた。

     フロント企業は、セーシェル、バージン諸島のほか、香港など22社にも及んだ。いずれの企業も中国など国内外の金融機関に口座を開設、北朝鮮との金融決済に使った。国連安保理や米財務省の制裁対象となっている北朝鮮の金融機関や企業の名前が一切出ないため、国際的な監視網を容易にくぐり抜けることができる。中国では、4大銀行に名を連ねる中国工商銀行など12行に口座を開設した。

     「香港に設立された13社のフロント企業のうち11社が登記されている場所を訪ねた。だが登録された別の会社の名前がかかっているだけだった」

     香港の繁華街ワンチャイ(湾仔)にあるフロント企業。その所在地を16年6月に訪ねた米司法省の担当者は、報告書にこう記した。「しばらく待機したが、ビルは閑散としており、一人として出入りするのを見つけられなかった」。実態のないペーパーカンパニーが密集するビルだった可能性が高い。

     米司法省係官は、英領バージン諸島に登記されたフロント企業も訪ねている。だが香港と同様の状況で手がかりは見つけられない。「登記簿を見ると、同じ住所には制裁対象の北朝鮮の銀行のフロント企業もあった」と記し、北朝鮮がDHIDだけでなく独自のフロント企業も使い国際的な闇取引をしている可能性を指摘している。

    実態は「抜け穴」だらけの安保理「制裁決議」

    平壌の氷上館(アイススケートセンター)で開幕した金正日総書記の誕生日(2月16日)を祝う第25回白頭山賞国際フィギュアスケート祭典=2017年2月15日、朝鮮中央通信=朝鮮通信

     国連安全保障理事会は、核兵器や弾道ミサイル開発を加速する北朝鮮に対し、06年10月以後、7回の制裁決議を採択している。中でも16年3月に採択された決議は「かつてないほど強力な制裁」と言われ、北朝鮮の経済活動を締め上げる要素が多数盛り込まれている。だが国連加盟国の関心は低く、実態は「抜け穴」だらけの状態が続く。

     ティラーソン米国務長官は5月3日、国務省での演説で「どの国として安保理決議を完全に実施している国はない」と怒りをぶちまけた。安保理制裁の実施状況を監視するため09年に設立された国連専門家パネルは毎年、300ページにも及ぶ報告書を発表する。現地調査に基づく綿密な内容だが、目立つのはほころびばかり。ある専門家は「国連決議の文面は立派だが、絵に描いた餅にすぎない」と指摘する。

     今年2月末に公表された報告書では、東南アジアやアフリカ諸国の実態があぶり出された。中でも2月に金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長の義兄である金正男(キムジョンナム)氏が暗殺されたマレーシアの実態が目を引く。

     国連報告書が注目したのは、軍事用通信機器メーカーの「グローコム」。少なくとも05年ごろから営業を開始した。香港などアジア市場で格安の部品を買い集め、これを組み立て途上国に売る。不正行為が発覚したのは昨年7月。中国から、アフリカ北東の小国、エリトリア向けの航空貨物から、軍事用無線機器などが見つかった。

     この会社を実質支配するのは「パン・システムズ」平壌支店。シンガポール企業の「平壌支店」の形を装うが、実態は朝鮮人民軍の工作機関・偵察総局の傘下にある。平壌支店の代表を務めるリャン・スニョ氏(57)は、日本生まれの北朝鮮人女性。14年2月、マレーシア国際空港で仲間2人と共に現金45万ドル(約5000万円)を持ち出そうとして一時拘束されたこともある。このネットワークは、武器密輸に限らず、秘密資金の移動にも手を染めていた可能性が指摘されている。

     マレーシアは1973年に北朝鮮と国交を樹立、反米主義者だったマハティール政権(81~2003年)時代に政治、経済両面での交流を活発化させた。金正男氏暗殺までは、双方の国民はシンガポールなどと同様、ビザ無しで渡航ができる関係にあった。

     国連パネルの調査団は、専門家が「北朝鮮にとって『天国』のような地域だ」と表現するアフリカ諸国にも足を運んだ。

     アンゴラを訪問したのは16年9月。北朝鮮の軍人が大統領警護隊にマーシャルアーツ(東洋の武術)を教えているとの情報を確認するためだ。だがアンゴラ政府は「1990年から続いているものだ」と返答、調査団は「安保理決議で禁止されている」と伝えたものの返事は無かった。このほか▽モザンビークへの戦車など武器輸出▽コンゴ民主共和国への拳銃や軍事訓練の提供▽ナミビアでの大規模な軍事施設建設への関与――などが指摘されている。

     米国務省で長年、不拡散を担当した元高官は、取材に「アフリカには東西冷戦時代から北朝鮮に軍事支援を受けた国も多い。現在も、北朝鮮の安価な武器や労働力は、そうした国々にとっては魅力的に映る」と解説した。
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    米国「北朝鮮包囲網」構築へ欧州外交を本格化

     米国は、こうした穴をふさぎ、北朝鮮「包囲網」を築くため外交を本格化させている。従来は、どちらかというと北朝鮮問題への関心が薄かった欧州諸国を説得するため、北朝鮮問題担当特使をブリュッセルに派遣。北大西洋条約機構(NATO)や欧州連合(EU)の会議に参加させた。ドイツでは、ベルリンにある北朝鮮大使館が旅行者向けの宿泊施設に転用されるなど、安保理決議違反がまかり通っている実態もあるためだ。

     アジア諸国にも圧力をかける。ワシントンで5月初旬に開いた東南アジア諸国連合(ASEAN)外相会合で、制裁の完全実施を呼び掛けた。ティラーソン米国務長官は「毎日5~6カ国に電話」し、「制裁強化策をお手伝いする」と呼び掛けている。

     米国の努力が実を結ぶか。ティラーソン氏は、米国の努力不足などもあり、国連制裁の達成度は「まだ20~25%にある」と述べ、包囲網構築に執念を燃やしている。

    ポーランドの北朝鮮技師 実態は「奴隷労働者」

    金日成主席の誕生105周年慶祝閲兵式に登場した砲=平壌・金日成広場で2017年2月15日、朝鮮中央通信=朝鮮通信

     1980年代初頭、ワレサ議長率いる自主管理労組「連帯」発祥の地となったポーランド北部の港町グダニスク。2006年、かつて「レーニン造船所」として知られた造船所に、北朝鮮造船技師が働くと聞き、現地を訪ねた。

     28人の北朝鮮労働者は、ポーランドの派遣業者が借り上げた郊外にある一軒家に居住する。中には卓球台などの娯楽施設もあるという。毎日、リーダー役がマイクロバスを運転して通勤、食事は自炊だ。月に2回、監視を兼ねてワルシャワの北朝鮮大使館員が「キムチを持ってやってくる」。

     欧米では「奴隷労働者」と呼ばれる北朝鮮労働者。派遣業者によると月給は円換算で16万円。このうち5万円を労働者に支払い、残りは北朝鮮の国営企業に直接、振り込まれる。だが公務員の給与が月額10ドル(約1100円)未満と言われる北朝鮮の労働者には、魅力的だ。

     取材に応じた「ツバメ」と呼ばれる精悍(せいかん)な顔つきのリーダー役は「家族と離れて暮らすのはつらいが、腹いっぱい食べられるしビールも飲める。毎日、誕生祝いをしているようだ」と笑顔を見せた。夢は、稼いだ資金を元に祖国でビジネスを始めることだ。

     北朝鮮の実情に詳しい東アジア貿易研究会の報告書によると、平壌では食生活向上を背景に、キムチや麺などを市場で買い求める世帯が半数近くに達するという。その中でもブームは「腰のある」細麺。従来は太麺が主流だったが、電圧が弱いため「腰のある」麺がなかなか打てず、時には麺が溶けおかゆのように溶け出してしまう。中朝貿易を幅広く手がけた丹東鴻祥実業発展の主要取扱品の中にも、この中国製の製麺機が登場する。スモールビジネスでひともうけしたい。「奴隷労働者」だけでなく、多くの庶民がそんな夢を抱く。

     ポーランドでの北朝鮮労働者の評判は上々だった。造船所の副所長は「腕が立つ職人ばかりだ。もっと増やしたい」と取材に答えた。その言葉通り、この造船所で働く北朝鮮労働者は156人に増え、ポーランド全体で800人に増えたと言われる。

     米国務省でマネーロンダリング(資金洗浄)対策を長年手がけたアンソニー・ルッジェーロ氏は「少なく見積もって年5億ドル(約550億円)の資金が本国に送金されている」と、派遣労働者からの送金が北朝鮮の核・ミサイル開発に役立っていると指摘する。米国務省の「北朝鮮に関する人権報告書」によると、中国、ロシアなどを筆頭に、中東、アジア諸国、アフリカ諸国など23カ国で派遣労働者が働く。

     ロシアの資料によると、15年には約4万7000人の北朝鮮労働者の就労が認められた。中国人の約8万人、トルコ人の約5万5000人に次ぐ規模で、その3分の1が北朝鮮と国境を接するロシアの沿海州。農閑期に当たる冬に「出稼ぎ」として建設業を中心に携わる。「北朝鮮労働者は習熟度、規律、賃金の安さが魅力」と、ロシアでの評判も上々だ。

     国連安保理は昨年11月に採択した6度目の北朝鮮制裁決議に、こうした派遣労働者の存在に「留意」するという言葉を盛り込んだが、禁止には踏み込まなかった。中露両国の反対が背景にあったとの指摘もある。業を煮やした米議会は、不当に安価な賃金で派遣労働者を雇う企業や個人を米政府が「制裁対象にする」という新法の制定を目指している。近い将来、こうした労働者の海外派遣が禁止される可能性がある。

    「BDAの教訓」各省庁の利害がぶつかる金融制裁

    平壌の4・25文化会館で行われた朝鮮人民軍協奏団の建軍85周年慶祝音楽舞踊総合公演=2017年4月25日、朝鮮中央通信=朝鮮通信

     ブッシュ(息子)政権は2005年9月19日、マカオにある金融機関「バンコ・デルタ・アジア」(BDA)を、マネーロンダリング(資金洗浄)に関わっているとして制裁を発動した。同行には北朝鮮指導部の対外活動資金があったため、北朝鮮は強く反発。翌06年10月の初の核実験に向けて動き出すきっかけになる。

     「あの時は、北朝鮮が関わる5~10の金融機関を制裁候補に挙げて議論を重ねた」。当時、米国家安全保障会議(NSC)で担当者を務めた米中央情報局(CIA)のデニス・ワイルダー前副次官補(東アジア・太平洋地域担当)は、毎日新聞の取材に答え始めた。金融制裁をめぐる議論には、NSCだけでなく財務省、国務省、司法省、CIAなど情報機関など多数の政府機関が参加した。だが、金融制裁実施という総論では一致するものの、各論に入ると各省庁の利害がぶつかる。

     この議論に参加した国務省元高官(不拡散担当)は取材に「制裁の実効性を高めるためには他国の協力が不可欠だ。そのためには各国に情報を提供しなければならない。だが機微な情報を他国に渡すと漏れてしまう危険がある」と説明する。こうした議論を経て「結局、候補のうち真っ黒なBDAが選ばれた」と話した。

     「制裁実施は狙いを絞ることが重要だ」。この決定に関わった米財務省のダニエル・グレーザー前次官補(テロ資金担当)は指摘する。「我々の目的は、北朝鮮の核・ミサイル計画を止めること。それに尽きる」と取材に答えた。制裁候補には一時、ウィーンを本拠地に、欧州のぜいたく品を買い付ける際の決済銀行である「金星銀行」の名も挙がったが、「核・ミサイル開発に関係ない」という理由で退けられた。

     グレーザー氏は「BDA制裁は予想以上の効果を上げた。その成果はいまも生きている」と話す。最大の効果は、米国からの制裁を恐れて世界中の金融機関が北朝鮮との金融取引を避けるようになったことだ。例として挙げられるのが14年、シンガポールで摘発された事件だ。

     シンガポールの海運代理店は、1980年代から北朝鮮との取引があった。外航船の運航には入港料や水先案内人への手当支払いなど外貨取引が必要だ。だが05年のBDA制裁を機に、多くの金融機関が北朝鮮との金融取引を拒否する。ミサイルや武器の輸出などで外貨を稼ぐ北朝鮮にとって、海運が滞るのは一大事となる。

     窮地を救ったのがこの代理店だ。「1回につき50ドルの手数料」を取り、北朝鮮の業務を代行した。13年7月にキューバからミグ21戦闘機2機やエンジンなどを砂糖袋の下に隠して輸送していたとしてパナマ当局に摘発された北朝鮮船籍の貨物船「清川江(チョンチョンガン)号」のために、パナマ運河の通航料7万2000ドルを立て替えたことで足がついた。立件直前まで、この海運代理店は605回、4000万ドル以上の送金の肩代わりを務めた。手数料だけで3万ドルを稼いだことになる。

    「北朝鮮制裁はモグラたたき」表情曇る専門家たち

     中国・丹東の「丹東鴻祥実業発展」(DHID)のように制裁をかいくぐる例は後を絶たない。その理由について、元米財務省のグレーザー氏は「中小銀行が取引の中心を占めることが最大の理由だ」と解説する。4大銀行など中国の主要金融機関は、米国をはじめ国際的な取引が多いため、米国当局の制裁を極度に恐れる。このような金融機関にとって「北朝鮮との取引は無視できるほど小さい」ため、リスクの大きい北朝鮮取引を避けようとする。

     だが中小金融機関の事情は違う。米国どころか海外に支店を持たないため、米国の制裁対象になることを恐れる必要がないからだ。こうした事情を知り尽くす北朝鮮は、取引のあるなじみの業者やフロント企業を使い、国際金融取引を続ける。

     では、追加制裁を準備する米国の次の一手は何か。長年、国務省で北朝鮮などのマネーロンダリング対策を担当したアンソニー・ルッジェーロ氏は「財務省、国務省が各国政府や企業と協議し、もう大目には見ないと圧力をかけ続ける。さらに違反した金融機関に課徴金をかける手段が有力」と見る。

     米司法省は、イランやキューバ制裁に違反したとして14年にフランスの金融機関大手BNPパリバ銀行に約90億ドル(約1兆円)の罰金を科した。今年3月には、米商務省がイランや北朝鮮に不正に通信機器を販売したとして中国の大手企業に過去最大の11億9000万ドル(約1360億円)の罰金を科した例もある。これと同様の手法を使うという読みだ。

     もし4大銀行など主要行を制裁し、米国内の資産凍結などに踏み切った場合、中国経済は大きな打撃を受ける。下手をすれば世界金融恐慌の引き金にもなりかねず、米国や日本、欧州諸国も大きな「返り血」を浴びる。1997年11月、日本の4大証券の山一証券は倒産ではなく「自主廃業」という異例の措置を取った。当時の大蔵省幹部は取材に「倒産を選べば、山一に巨額の債権を持つ中国銀行の経営不安につながる。金融危機が拡大することを恐れた」と説明した。

     それから20年。中国の金融機関は世界の主要プレーヤーに育った。当時以上に、本格的な制裁は世界の金融システムを揺さぶる。

     米国の新たな一手は、北朝鮮の国際的な不正行為撲滅につながるか。その効果を尋ねると、専門家たちの表情は曇る。北朝鮮は生き残りをかけて、抜け穴を探し回っているためだ。

     元米国務省のルッジェーロ氏は「北朝鮮制裁はモグラたたきに似ている。ひとつをたたくと、ひとつが浮かぶ」と話し、新たな制裁後も北朝鮮が新たなフロント企業や協力者を作り上げ、数カ月以内に同様の取引を再開するに違いないと見る。「難しい過程だが、ためらってはいけない。行動に移さなければ事態は悪化する一方だ」。ルッジェーロ氏はそう力を込めた。

    金日成主席の誕生105周年慶祝閲兵式に登場した弾道ミサイル「北極星」=平壌・金日成広場で2017年2月15日、朝鮮中央通信=朝鮮通信
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