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    殺される恐怖より、殺すことへの抵抗感

    2016 - 09/21 [Wed] - 17:49

    戦場に立つということ
    殺される恐怖より、むしろ殺すことへの抵抗感。

    軍事心理学、人間の攻撃心について、長く研究。国家の命令とはいえ、戦争という圧倒的な暴力、人が人を殺すことに人は耐えられるのか。根底にあるのは、いかに兵士を効率的に戦わせるかという意識。

    生きるか死ぬかの局面では、異常なまでのストレスから知覚がゆがむ。

    殺される恐怖より、むしろ殺すことへの抵抗感。殺せばその重い体験を引きずって生きていかねばならない。「同種殺しへの抵抗感」。殺さなければ、そいつが戦友を殺し部隊を滅ぼすかもしれない。殺しても殺さなくても大変なことになる。「兵士のジレンマ」、激しいストレス。いざという瞬間、事実上の良心的兵役拒否者が続出する。

    敵を殺した直後、任務を果たして生き残ったという陶酔感を感じる。次に罪悪感や嘔吐(おうと)感がやってくる。最後に、人を殺したことを合理化し、受け入れる段階が訪れる。ここで失敗するとPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症しやすい。

    「戦場の革命」。心身を追い込む訓練。ストレス耐性をつける。

    発砲率を上げるために、標的を人型にし、弾が当たれば倒れる、成績が良いと休暇がもらえる。刺激―反応、刺激―反応と何百回も射撃を繰り返し、意識的な思考を伴わず、感情を排除して撃てるように条件付ける。発砲率は、第二次大戦中(対日戦、対独戦)は、わずか15~20%だったのが、朝鮮戦争で50~55%、ベトナム戦争で95%前後に上がった。

    上官の命令に従い、一定のルールのもとで殺人の任務を遂行。

    ドローンを飛ばし、遠隔操作で攻撃するテレビゲーム型の戦闘が戦争の性格を変えた。人は敵との間に距離があり、機械が介在するとき、殺人への抵抗感が著しく低下する。

    テロリストの時代。正面から火砲で攻撃して来ない。こっそり近づき、即席爆弾を爆破させる。

    国家は無垢(むく)で未経験の若者を訓練し、心理的に操作して戦場に送り出してきた。アメリカ軍は、ベトナム戦争で大失敗をした。徴兵制によって戦場に送り込んだのは、まったく準備のできていない若者たち、帰国後、つばを吐かれ、人殺しとまで呼ばれた。未熟な青年が何の脅威でもない人を殺すよう強いられ、その任務で非難され、心に深い傷を負った。

    PTSDにつながる要素は三つ。

    (1)幼児期に健康に育ったか
    (2)戦闘体験の衝撃度の度合い
    (3)帰国後に十分なサポートを受けたか、です。

    たとえば幼児期の虐待で、すでにトラウマを抱えていた兵士が戦場で罪のない民を虐殺すれば、リスクは高まる。

    成熟した志願兵なら、たとえ戦場体験が衝撃的なものであったとしても、帰還後に社会から称賛されたりすれば、さほど心の負担にはならない。日本が自衛隊を海外に送るなら、望んだもののみを送るべきだし、望まないものは名誉をもって抜ける選択肢が与えられるべき。

    21世紀は、テロリストとの非対称的な戦争の時代。国と国が戦った 20世紀とは違う。いま国を守るとは、自国に要塞(ようさい)を築き、攻撃を受けて初めて反撃することではない。こちらから敵の拠点をたたき、打ち負かす必要がある。

    「ワインバーガー・ドクトリン」、世論が支持しない戦争には兵士を送らないという原則。国家が国民に戦えと命じるとき、その戦争について世論が大きく分裂していないこと。もしも兵を送るなら彼らを全力で支援すること。これが最低限の条件。

    いまは誰もがカメラを持っていて、いつでも撮影し、ネットに流すことができる時代。ベトナム戦争さなかの1968年、ソンミ村の村民500人を米軍が虐殺した事件の映像がもしも夜のニュースで流れていたら、米国民は怒り、大騒ぎになっていただろう。



    戦闘がもたらすトラウマ深刻。
    イラク帰還米兵。「大量破壊兵器」の見つからなかったイラク。イラクで戦争の大義に疑問を抱き、帰還後に良心の呵責(かしゃく)に苦しんでいる若者は大勢いる。自殺した帰還兵のほうが、戦闘で死んだ米兵より多いというデータもある。

    日本の戦い方。
    兵士が恐怖心を表に出すことを、旧日本軍は「恥」として否定していた。口に出せず、抑え込まれた感情は結局、手足の震えや、声が出ないといった形で表れ、「戦争神経症」の症状を示す兵士は日中戦争以降、激増した。心の病は国民精神の堕落の象徴と位置づけられ、こうした病は「皇軍」には存在しない、とまで報じられた。度の過ぎた「精神主義」。

    戦後、アメリカ軍が「兵士の恐怖心」を重視していることに、驚いたらしい。

    戦争による心の傷は、戦後も長らく「見えない問題」のままだった。トラウマやPTSDという言葉が人々の関心を集め始めたのは1995年の阪神・淡路大震災がきっかけ。それまで、沖縄戦や被爆地での「心の傷」には触れられなかった。

    「敵」と殺し殺される関係に陥ったとき、人の心や社会にはどんな影響がもたらされるのか。
    アメリカ軍と一心同体となり、「テロとの戦い」に引き込まれ、手足として使われる恐れを強く感じる。一生残る心の傷が怖い。

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    ■ 戦場に立つということ ■

    朝日新聞 Website 2016年9月9日05時00分
    ソース

    (インタビュー) 戦場の心理学の専門家、デーブ・グロスマンさん=米イリノイ州マスコウタ

    戦場に立たされたとき、人の心はどうなってしまうのか。国家の命令とはいえ、人を殺すことに人は耐えられるものか。軍事心理学の専門家で、長く人間の攻撃心について研究してきた元米陸軍士官学校心理学教授、デーブ・グロスマンさんに聞いた。戦争という圧倒的な暴力が、人間にもたらすものとは。

    ――戦場で戦うとき、人はどんな感覚に陥るものですか。

     「自分はどこかおかしくなったのか、と思うようなことが起きるのが戦場です。生きるか死ぬかの局面では、異常なまでのストレスから知覚がゆがむことすらある。耳元の大きな銃撃音が聞こえなくなり、動きがスローモーションに見え、視野がトンネルのように狭まる。記憶がすっぽり抜け落ちる人もいます。実戦の経験がないと、わからないでしょうが」

     ――殺される恐怖が、激しいストレスになるのですね。

     「殺される恐怖より、むしろ殺すことへの抵抗感です。殺せば、その重い体験を引きずって生きていかねばならない。でも殺さなければ、そいつが戦友を殺し、部隊を滅ぼすかもしれない。殺しても殺さなくても大変なことになる。これを私は『兵士のジレンマ』と呼んでいます」

     「この抵抗感をデータで裏付けたのが米陸軍のマーシャル准将でした。第2次大戦中、日本やドイツで接近戦を体験した米兵に『いつ』『何を』撃ったのかと聞いて回った。驚いたことに、わざと当て損なったり、敵のいない方角に撃ったりした兵士が大勢いて、姿の見える敵に発砲していた小銃手は、わずか15~20%でした。いざという瞬間、事実上の良心的兵役拒否者が続出していたのです」

     ――なぜでしょう。

     「同種殺しへの抵抗感からです。それが人間の本能なのです。多くは至近距離で人を殺せるようには生まれついていない。それに文明社会では幼いころから、命を奪うことは恐ろしいことだと教わって育ちますから」

     「発砲率の低さは軍にとって衝撃的で、訓練を見直す転機となりました。まず射撃で狙う標的を、従来の丸型から人型のリアルなものに換えた。それが目の前に飛び出し、弾が当たれば倒れる。成績がいいと休暇が3日もらえたりする。条件付けです。刺激―反応、刺激―反応と何百回も射撃を繰り返すうちに、意識的な思考を伴わずに撃てるようになる。発砲率は朝鮮戦争で50~55%、ベトナム戦争で95%前後に上がりました」

         ■     ■

     ――訓練のやり方次第で、人は変えられるということですか。

     「その通り。戦場の革命です。心身を追い込む訓練でストレス耐性をつけ、心理的課題もあらかじめ解決しておく。現代の訓練をもってすれば、我々は戦場において驚くほどの優越性を得ることができます。敵を100人倒し、かつ我々の犠牲はゼロというような圧倒的な戦いもできるのです」

     「ただし、無差別殺人者を養成しているわけではない。上官の命令に従い、一定のルールのもとで殺人の任務を遂行するのですから。この違いは重要です。実際、イラクやアフガニスタン戦争の帰還兵たちが平時に殺人を犯す比率は、戦争に参加しなかった同世代の若者に比べてはるかに低い」

     ――技術進歩で戦争の形が変わり、殺人への抵抗感が薄れている面もあるのでは?

     「ドローンを飛ばし、遠隔操作で攻撃するテレビゲーム型の戦闘が戦争の性格を変えたのは確かです。人は敵との間に距離があり、機械が介在するとき、殺人への抵抗感が著しく低下しますから」

     「しかし接近戦は、私の感覚ではむしろ増えています。いま最大の敵であるテロリストたちは、正面から火砲で攻撃なんかしてこない。我々の技術を乗り越え、こっそり近づき、即席爆弾を爆破させます。最前線の対テロ戦争は、とても近い戦いなのです」

     ――本能に反する行為だから、心が傷つくのではありませんか。

     「敵を殺した直後には、任務を果たして生き残ったという陶酔感を感じるものです。次に罪悪感や嘔吐(おうと)感がやってくる。最後に、人を殺したことを合理化し、受け入れる段階が訪れる。ここで失敗するとPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症しやすい」

     「国家は無垢(むく)で未経験の若者を訓練し、心理的に操作して戦場に送り出してきました。しかし、ベトナム戦争で大失敗をした。徴兵制によって戦場に送り込んだのは、まったく準備のできていない若者たちでした。彼らは帰国後、つばを吐かれ、人殺しとまで呼ばれた。未熟な青年が何の脅威でもない人を殺すよう強いられ、その任務で非難されたら、心に傷を負うのは当たり前です」

     「PTSDにつながる要素は三つ。(1)幼児期に健康に育ったか(2)戦闘体験の衝撃度の度合い(3)帰国後に十分なサポートを受けたか、です。たとえば幼児期の虐待で、すでにトラウマを抱えていた兵士が戦場で罪のない民を虐殺すれば、リスクは高まる。3要素のかけ算になるのです」

     ――防衛のために戦う場合と、他国に出て戦う場合とでは、兵士の心理も違うと思うのですが。

     「その通り。第2次大戦中、カナダは国内には徴兵した兵士を展開し、海外には志願兵を送りました。成熟した志願兵なら、たとえ戦場体験が衝撃的なものであったとしても、帰還後に社会から称賛されたりすれば、さほど心の負担にはならない。もし日本が自衛隊を海外に送るなら、望んだもののみを送るべきだし、望まないものは名誉をもって抜ける選択肢が与えられるべきです」

     「ただ、21世紀はテロリストとの非対称的な戦争の時代です。国と国が戦った20世紀とは違う。もしも彼らが核を入手したら、すぐに使うでしょう。いま国を守るとは、自国に要塞(ようさい)を築き、攻撃を受けて初めて反撃することではない。こちらから敵の拠点をたたき、打ち負かす必要がある。これが世界の現実です」

     ――でも日本は米国のような軍事大国と違って、戦後ずっと専守防衛でやってきた平和国家です。

     「我々もベトナム戦争で学んだことがあります。世論が支持しない戦争には兵士を送らないという原則です。国防長官の名から、ワインバーガー・ドクトリンと呼ばれている。国家が国民に戦えと命じるとき、その戦争について世論が大きく分裂していないこと。もしも兵を送るなら彼らを全力で支援すること。これが最低限の条件だといえるでしょう」

         ■     ■

     ――気になっているのですが、腰につけたふくらんだポーチには何が入っているのですか。

     「短銃です。私はいつも武装しています。いつでも立ち上がる用意のある市民がいる間は、政府は国民が望まないことを強制することはできない。武器を持つ、憲法にも認められたこの権利こそが、専制への最大の防御なのです」

     ――でも銃があふれているから銃撃事件が頻発しているのでは?

     「日本の障害者施設で最近起きた大量殺人ではナイフが使われたそうですね。我々は市民からナイフを取り上げるべきでしょうか」

     ――現代の戦争とは。

     「戦闘は進化しています。火砲の攻撃力は以前とは比較にならないほど強く、精密度も上がり、兵士はかつてなかったほど躊躇(ちゅうちょ)なく殺人を行える。志願兵が十分に訓練され、絆を深めた部隊単位で戦っている限り、PTSDの発症率も5~8%に抑えられます」

     「一方で、いまは誰もがカメラを持っていて、いつでも撮影し、ネットに流すことができる時代です。ベトナム戦争さなかの1968年、ソンミ村の村民500人を米軍が虐殺した事件の映像がもしも夜のニュースで流れていたら、米国民は怒り、大騒ぎになっていたでしょう。現代の戦争は、社会に計り知れないダメージを与えるリスクも抱えているのです」

         *

     Dave Grossman 1956年生まれ。米陸軍退役中佐。陸軍士官学校・心理学教授、アーカンソー州立大学・軍事学教授をへて、98年から殺人学研究所所長。著書に「戦争における『人殺し』の心理学」など。

     

     ■戦闘がもたらすトラウマ深刻 一橋大学特任講師・中村江里さん

     米国では、戦場の現実をリアルな視点からとらえる軍事心理学や軍事精神医学の研究が盛んで、グロスマンさんもこの観点から兵士の心理を考えています。根底にあるのは、いかに兵士を効率的に戦わせるかという意識です。兵士が心身ともに健康で、きちんと軍務を果たしてくれることが、軍と国家には重要なわけです。

     しかし、軍事医学が関心を注ぐ主な対象は、戦闘を遂行している兵士の「いま」の健康です。その後の長い人生に及ぼす影響まで、考慮しているとは思えません。

     私自身、イラク帰還米兵の証言やアートを紹介するプロジェクトに関わって知ったのですが、イラクで戦争の大義に疑問を抱き、帰還後に良心の呵責(かしゃく)に苦しんでいる若者は大勢います。自殺した帰還兵のほうが、戦闘で死んだ米兵より多いというデータもある。戦場では地元民も多く巻き添えになり苦しんでいるのに、そのトラウマもまったく考慮されない。軍事医学には国境があるのです。

     一方で、日本には戦争の現実を直視しない傾向がありました。

     戦後、米軍の研究に接した日本の元軍医は、兵士が恐怖心を表に出すのを米軍が重視していたことに驚いていた。旧日本軍は「恥」として否定していましたから。口に出せず、抑え込まれた感情は結局、手足の震えや、声が出ないといった形で表れ、「戦争神経症」の症状を示す兵士は日中戦争以降、問題化していました。

     その存在が極力隠されたのは、心の病は国民精神の堕落の象徴と位置づけられたためです。こうした病は「皇軍」には存在しない、とまで報じられた。精神主義が影を落としていたわけです。

     戦争による心の傷は、戦後も長らく「見えない問題」のままでした。トラウマやPTSDという言葉が人々の関心を集め始めたのは1995年の阪神・淡路大震災がきっかけです。激戦だった沖縄戦や被爆地について、心の傷という観点から研究が広がったのもそれ以降。戦争への忌避感がそれほど強かったからでしょう。

     昨年の安保関連法制定により、自衛隊はますます「戦える」組織へと変貌(へんぼう)しつつあります。「敵」と殺し殺される関係に陥ったとき、人の心や社会にはどんな影響がもたらされるのか。私たちも知っておくべきでしょう。暴力が存在するところでは、トラウマは決してなくならないのですから。

         *

     なかむらえり 1982年生まれ。専門は日本近現代史。旧日本軍の戦争神経症を題材にした新著を執筆中。

     

     ■取材を終えて

     戦場に立つということは、これほどまでに凄(すさ)まじいことなのだと思った。

     ただ、米国民がこぞって支持したイラク戦争では結局、大量破壊兵器は見つからず、「イスラム国」誕生につながったことも指摘しておきたい。

     日本が今後、集団的自衛権を行使し、米国と一心同体となっていけば、まさに泥沼の「テロとの戦い」に引き込まれ、手足として使われる恐れを強く感じる。やはり、どこかに太い一線を引いておくべきではないだろうか。一生残る心の傷を、若者たちに負わせないためにも。

     (萩一晶)

    ■ 「シン・ゴジラ」の防衛大臣はプロ失格である ■
    自衛隊特殊部隊創設者が感じたこと

    伊藤 祐靖 :特殊戦指導者
    ソース

    総理大臣(演:大杉漣)は、発動を躊躇していたが、とうとう自衛隊を出動させた。警察の誘導により付近の住民は避難を完了したとの報告を受け、陸上自衛隊の対戦車ヘリに発砲を許可する。しかし、発砲寸前に2名の民間人を発見したため、攻撃を中断した。その後、再攻撃を命じることはなかった。

    結果的には、2名の保護を優先したことで、その後比較にならないほどの犠牲者を発生させてしまう。しかし、避難完了という報告の信憑性がなくなり、他にも民間人が多数残っている可能性が出てきたことと、その後、巨大生物が進化し、強力化していくことなんて予想できるはずもないので、攻撃の中断はやむを得なかったと思う。

    ■ 決してあってはいけない「許しがたい言動」
    総理大臣が攻撃の中断を決断したときの防衛大臣(演:余貴美子)がとった行動。

    有事、非常時、緊急時は、とにかくその場で決断しなければならないことが多い。それを組織として実施していても、指揮官は、あたかも自分一人で決断しているかのような孤立感の中にいる。だから、指揮官である総理大臣にかける言葉には、その孤立感から少しでも解放されるように細心の注意を払うべき。

    いったん士気が低下すると、もう上がらない。行動を起こそうと重い腰を上げたときに中断せざるを得ない事象が発生すると、心の中ではホッとして、一気に気が抜けてしまう。

    民間人を発見しようがしまいが、巨大生物撃滅の必要性は何も変わってはいない。必要性があって、撃滅を決心し、命じたのだから絶対に撃滅させなければならない。2名の民間人を発見したことは、撃滅する必要性を変化させるものではなく、撃滅のために行う攻撃より優先すべきことが一時的に発生したにすぎない。

    撃滅せよと命じられている自衛隊は、攻撃より優先すべき事項をなくそうとするし、それがなくなれば、攻撃する。

    総理大臣が攻撃より優先すべきと判断したものは何か? それが曖昧。再攻撃の条件は「民間人2名の避難完了」なのか「攻撃による犠牲者を絶対に出さないための確認の完了」なのか「多少の犠牲を覚悟し時間で割り切った確認の完了」なのか。

    この中断の心理的ダメージは非常に大きい。

    行動する必要性を強く認識し、実施することに情熱を傾けて続けないと、一旦中断し再開の機会を探るべきときに、止める理由やその方法を探ってしまう。また、再開するときというのは、気が抜けた状態を引きずっていることが多く、思わぬ失敗や事故を発生させやすい。

    オリンピック陸上、100メートルの決勝でスターター・ピストルが鳴る寸前は、選手は無論のこと、スタジアムの観客やテレビを見ている人でさえ神経を集中している。そのときに誰かがフライングを起こしてしまうと、もう好記録は期待できない。当該選手は失格になり、レースはすぐに再開されるが、しかし、4年に1度しか行われないオリンピックの決勝、選手がやる気を失っているわけがないのだが、好記録はもう出ない。さっきと同じレベルまで神経を集中することは、非常に困難であり、実質不可能なのである。

    総理大臣が攻撃の中断を決心したとき、防衛大臣は自分自身は無論のこと、総理大臣が心の中で「ゴジラへの攻撃をしなくて済んだ!?ふぅ~」なんて気が抜けてしまわないかを、注意して見ていなければならなかったのだ。総理大臣の気が抜けてしまって攻撃再開に関する発想が浮かばなくなっている場合でも、それを迫らなければならない。

    だから、あの時に防衛大臣がしなければならなかったことは、総理大臣の判断基準が、「自衛隊が国民に向けて発砲」することは「何がどうあろうと絶対にありえない」という平時モードなのか、「自衛隊が国民に向けて発砲」することは「より多くの国民の生命を救うためであれば、ありえるかもしれない」という有事モードなのかを確認することだった。

    迷って困ってサイコロを振るように中断を決めたのか、しっかりとした思考過程を経て中断という結論に達したのかの違いでもあり、見ていれば誰でもわかる。

    「始めますよ!」と「撃ちますか?」のたった二言の発言。総理大臣を補佐すべき閣僚としてのプロフェッショナリズムを感じなかったし、再攻撃に関する決断を総理大臣に迫らないことから、戦闘集団トップとしてのプロフェッショナリズムも感じることはなかった。

    組織が何かを決断し、行動を起こすときというのは、どちらを選択したとしても何かを失い、その失うものが非常に大切で大きなものであることが多い。最終決断する者、決断の補佐をする者、決断のための情報を集める者、それを整理する者、それぞれの役目がそれぞれの役職にあり、それが正しく機能すれば、最適な判断がなされる。

    決断である以上、失うものがゼロということはあり得ないが、組織を正しく機能させて最適な決断をすることはできる。それが可能なのは、全員が自分は何をするために存在しているのかを正しく認識し、それを忘れず、実行し続けるからである。その姿勢をプロフェッショナリズムという。

    実際はなかなかそういかない。あるべき職務の遂行を困難にしているのは、いつの間にか心のすき間に入り込み、へばりついてくる、自分が傷つかないことを最優先しようとする私心であり、その存在を隠そうとする邪心というものだ。

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